歩き続けた先に見たいのは想像を超える風と光

    明日は仕事も休みだし明大前から御茶ノ水まで歩いてみるかと思い立った。蒸し暑い夜だったが雨は降っていない。絶好のウォーキング日和だ。

    とりあえず家から明大前を目指して電車に乗る。京王線の最終電車に乗った瞬間、もう引き返せないのだと悟った。電車の中で調べてみると、明大前から御茶ノ水までは11キロだという。1時間に4キロ歩けるとして、3時間かからずにいけるな、なんてことを考えた。

    明大前に降り立った。腕時計は0:30分。駅前にはまだ人がたくさんいた。この中でアルコールがまったく入っていない人はいるのだろうか。そんなことを頭に思い浮かべつつ、歩道橋を渡って明治大学和泉キャンパスの門の前に立った。当たり前だが門は閉ざされている。守衛所の夜警が不審げにこちらを見ている。そう。こんな時間に大学の門の前に立って、中をじろじろ見て、私は不審者以外の何者でもない。

    景気づけにと明治大学和泉キャンパスのまわりをぐるっと一周してみることにする。大学の裏手に出ると、何やら聞き慣れない言語が飛び交っている。ここは留学生専用の宿舎なのであった。若者が英語や中国語で談笑している。こんな建物があったのか。

    明治大学和泉キャンパスの隣は和田霊廟所というお墓である。佐藤栄作の墓があるらしい。ということは首相も訪れているのだろうか?それにしても夜通るには気味のいい場所とは言えない。ここまでくるともはや京王線の下高井戸駅に近くなってくる。甲州街道を東に向かうことにする。

    明治大学和泉キャンパスに戻ってきた。ウォーミングアップはすんだ。ここからいよいよなんの意味もなく脚を痛めつける戦いが始まる。時刻は1時ちょうどである。

    1人で歩いていると色々なことが頭を駆け巡る。たとえば、今私は東放学園専門学校の前を通っている。ここは映像系の専門学校だ。私はテレビはほとんど見ない。見るとしたら、NHKの「チコちゃんに叱られる!」と、大相撲放送ぐらいだ。NHK、ぶっ壊されては困る。受信料払ってないけど。

    そうこうしているうちに代田橋という地名が頻繁に目に飛び込んでくるようになった。駅と駅の間は人もまばらだが、駅が近くなってくるとすれ違う人が多くなってくる。少なくとも、この時間帯は。くたびれた姿のサラリーマン、やけに露出の多い服を着ているおねえさん、その他もろもろをかき分けて進む。

    京王線でいうと代田橋の次は笹塚である。甲本ヒロト真島昌利が出会ったという、あの笹塚である。笹塚の信号にはパトロール中の警察官がいた。人生23年間、何も悪いことはしていないはずだが、それでも背筋が伸びてしまう。ただいまの時刻、1:30分。

    甲州街道をさらに進むと、深夜1時まで営業とデカデカと書かれたスーパーが閉まっているのが見えた。その脇に小さく、幡ヶ谷店と書かれていたのを私は見逃さなかった。少しずつ御茶ノ水に近づいているのがわかって、私はうれしくなった。何事もそうだが、ゴールが見えていると人は比較的容易に前に進むことができる。

    カシオの本社前を過ぎる。ここには就活の面接で行ったことがある。あの時は初台から歩いて行ったから、もう新宿が目の前なのだと気づく。ちなみに、さすがにどこのフロアにも電気はついていなかった。尤も、時刻は1:45分。非常口の緑のランプ以外の照明がついている方がおかしい。

    私は普段歩く時はイヤホンで音楽を聴いている。だが、今回は周囲の音を感じたかったので、イヤホンはしないで歩いていた。しかし、この場所だからこそ聴きたい音楽がある。長渕剛の、西新宿の親父の唄である。やるなら今しかねえ。

    新宿駅についた。いつもは人でごった返している新宿は人の影もまばら。何より、駅にシャッターが下りていた。2時なので、当たり前といえば当たり前だが、見たことのない光景であることに間違いはない。世界一の乗降数を誇る駅が眠っているのだ。なのになぜ私はこうして意味もなく歩いているのだろう?

    新宿4丁目の信号で左折し、甲州街道に別れを告げる。そして新宿5丁目の信号を右に曲がる。距離的にもここから後半戦が始まると言ってよい。道に目をやると、タクシーが競い合うように何台も何台も走っている。東京の深夜タクシーを絶滅させれば地球温暖化は食い止められるのではないかと思うぐらい走っている。

    たった6キロしか歩いていないのに、脚が痛くなってきた。ここからの5キロは苦痛に満ちていた。一歩前に踏み出すごとに、左足の付け根が痛む。日常の運動不足が祟ったのだ。しかしこんなところでリタイアしているわけにはいかない。というより、歩き続ける以外に選択肢がないのだ。電車は動いていないし、誰かが迎えにきてくれるわけでもないからだ。

    とりわけ、新宿から市ヶ谷の靖国神社までの道のりは長かった。景色がちっとも変わらないのである。左手に聳える防衛省の建物を見ながら、自分のつま先を追いかける。防衛省の門の前では10台以上のタクシーが止まっている。建物を見ると、電気がついているフロアも多い。以前、明治大学駿河台キャンパスから東京タワーまで歩いた時もそうだったが、省庁は深夜まで電気が消えないのである。

    靖国神社を越えると、日本武道館が見えてくる。とは言っても、屋根の上に光る玉ねぎは闇に包まれて、その姿をうかがうことはできない。ここまできたかと思うと同時に、まだあるのか、とも思った。卒業式で武道館を訪れたあと、明治大学駿河台キャンパスまで戻るのに30分はかかった。ということは、少なくともあと30分は痛む脚と格闘しなければならないことになる。

    この頃になると、頭で余計なことを考えている余裕はもはやない。ただひたすら歩みを前に進めるだけだ。しかし、そうして歩いていれば必ず近づいてくるのがゴールでもある。そう、3:15分、ついに神保町の駅が見えてきたのである。

    ここまでくればもうすぐである。と、勇んで前に出した脚で、あやうく鼠を踏みかける。ドキッとした。飲食店が並んでいる通りでは特に鼠が多い。昼の東京を支配しているのは人間だが、夜の東京を支配しているのは鼠だと言っても過言ではないだろう。そんな一面を見たのも、明大前から御茶ノ水まで歩いたからこそである。

    3:22分。私は明治大学駿河台キャンパスの前に立っていた。やはり、守衛所の夜警のおじさんが不審そうにこちらを見ている。明治大学和泉キャンパスから明治大学駿河台キャンパスまで歩いてきた卒業生になぜ怪訝な視線を向けるのだ?疲れると人間は碌なことを考えない。まだ始発までは時間がある。ベンチに座って少し休もう…。そこに誰もいなくても。