君の目の前に川が流れる



AKB48!!

やおら流れた高橋みなみの声が、そう広くない車内の隅々まで響き渡った。助手席に座って同行していたインターンの大学生の、その瞬間の驚きはマスクでも隠せていなかった。私は、恥ずかしさを紛らわそうと、営業車のアクセルペダルを強く踏み込んだ。


人はいつでも救いを求めている。

学生時代は友達や先生がその役目を担ってくれていた。それが今はAKB48に変わった。ただ、それだけのことだ。


夕陽が沈む空の下、取引先とのやりとりを終えて、営業車に乗り込む。ラジオから聞こえるうら若いアイドルの歌声が、疲れ切った心を優しく包み込んでくれた。救いを求めていた自分がAKB48の虜になるまでに、時間はかからなかった。


RIVER」がリリースされたのは、20091021日。AKB48は、この楽曲ではじめて、オリコンチャートで週間1位を獲得した。ここに至るまで、彼女たちは、予定調和を嫌う秋元康プロデューサーのもと、様々な課題に真正面から向き合ってきた。夏まゆみをはじめとする振付師が突きつける厳しいレッスン、毎日おこなわれる劇場公演、握手会、総選挙で露わになるメンバー間の格差。歌もダンスも得意ではなく、あるのはステージで踊りたいという夢だけ。その夢を携え、オーディションを受けた彼女たちはいくつもの荒波を乗り越え、いよいよブレイクスルーを迎える、そんなタイミングだった。


インターンの大学生を連れて、ある取引先のドアをノックした。

その取引先は2年前、まだ新人だった私に容赦なく無理難題を強いてきた。納期を早めろ、もっと値引きしろ、商品には傷ひとつつけるなー。少しでも口答えすると、すぐに所長に電話をかけ、もっと使えるやつを寄越せと怒鳴り散らした。申し訳ありませんでしたと頭を下げる所長の横で、自分ほどこの仕事に向いていない人間はいないと、目の前が真っ暗になった。


『この先輩のいいところは、仕事はできねーけど、一生懸命頑張ってる姿勢だ。こいつは、仕事のできなさをやる気でカバーしようとしてる。それはそれで、大事なことだと思うようになったよ』

素人の学生が隣に立っていた事実を差し引いて考える必要はある。だが、いつも厳しい言葉を浴びせてくる人間の口から放たれた意外な言葉は、素直に私の心に染み入った。と同時に、私の頭の中で、さっきまで聴いていたAKB48の楽曲が浮かび上がってきた。刹那、仕事を始めてからの私が、どうしてAKB48に再びハマるようになったのか、その答えが分かった気がした。

(そうか、オレは、AKBになりたかったんだ。)

商品知識が少ないからミスも多い。巧みな話術もない。気の利いたお世辞は思い浮かばない私は、営業として失格の烙印を押されても仕方がない。だが、何かに向かい、手を伸ばし、もがいている構えだけは崩さずにいよう。社会人になって3年目の私はそんなことを考えた。


私が求めているのは救いではなく、目標なのかも知れない。学生時代は友達や先生だったが、今はAKB48が私の目標だ。彼女たちは「RIVER」の締め括りをこう歌って、私を励ましている。


「川を渡れ You can do it!!