もっと切り刻んで もっと弄んで


何かがおかしい。


その日、僕はいつものように家の鍵を開け、いつものように部屋へ足を踏み入れた。そこで僕は強烈な違和感に襲われた。ここには何かがある。と思ったのも束の間、僕は突如として後頭部に鈍い痛みを感じた。誰かに金属バットで後ろから思いっきり殴られたのだと直感的に分かった。しかしそれで何かが解決するものでもない。僕はなすすべなく、フローリングの床に倒れ込んだ。


意識はある。殴ったのはどこのどいつなのだろう。僕は向き直って"犯人"と対峙した。すると、そこには一人の女性が立っていた。この顔はどこかで見たことがある。いや、どこかなどというレベルの話ではない。毎日見ている。僕はふと部屋の壁に目をやった。そこには笑みを浮かべたアイドルのポスターがある、はずだった。ところが、今僕が見ているポスターにはそのアイドルの姿がない。朝まで僕に微笑んでいたアイドルは魔法のように消えていた。その瞬間、僕はまたも直感的に、このアイドルがポスターから飛び出してきて、仕事帰りのくたびれた男を殴ったのだと思い当たった。


彼女は僕の前で仁王立ちの姿勢を崩さない。そして、その容姿に似つかわしくない低くくぐもった声でこう言った。

「今からあたしがなぞなぞを出してあげる。時間は1分。答えられなかったら、あなたを殺すからね。」

状況を飲み込めないでいる僕に構うことなく、彼女は続けた。

「目を開けると見えないのに、目を閉じると見えるもの、なーんだ。」

目を閉じると見えるもの?

考えても分からないので、とりあえず目をつぶってみた。しかし答えは出てこない。こうしている間にも、彼女はバットを床に叩きつけてカウントを取っている。5、6、7。まずい。僕はとっさに携帯を手に取り、震える手で先生にメールを打った。分からないことを教えてくれるのはいつも先生と相場が決まっている。送信して返事を待った。だが、30秒待っても、40秒待っても答えは返ってこない。焦りはピークに達しつつあった。50秒経過。僕はすがるような気持ちでディスプレイを穴が開くほど凝視していた。しかし、そこに返信はなかった。


彼女は握っていたバットをまるで棒切れのように放り投げて僕の正面にやってきた。60秒が経ったことが分かるまでそう時間はかからなかった。もう死ぬのだ。こんな時なのに、やっぱりかわいいなという場違いな感想が頭をよぎった。そう考えることを許さないかのように、彼女は僕の喉を鷲掴みにした。その力は華奢な腕からは想像できないほど強い。頭ががんがんする。息が苦しい。僕はスピッツラズベリーという曲を思い出していた。君のヌードをちゃんと見ることなく僕は死ぬ。意識が遠のいてくる。これが年貢の納めどきか。三途の川はもうすぐそこ


携帯のけたたましい着信音が、僕をこの世に引きずり戻した。携帯を手に取り、スピーカーをオンにすると、電話口の声が叫んでいるのが聞こえた。

「夢よ、夢!目を開けると見えないのに、目を閉じると見えるものは夢!」

しかし、彼女は首を絞める手を緩めない。とすると先生が間違っていたのか。それも今となってはどうでもいい。好きな人の声を最後に聞きながら好きなアイドルに殺されるのは、案外本望と言えるかもしれない。目の前が真っ白になってきた。少し休ませてくれ。もう限界なんだ


起き上がった僕はヒゲを剃り、ドアを開けて会社へと向かった。