⭐️LONG TIME NO SEE
「お久しぶりです。会えてうれしいです。」
「いえいえ、こちらこそ。同窓会以来かしらね?あなたも元気そうで何より。」
「いや、先生に会いたくなったのはですね、この間、ニキ・ラウダっていう、伝説のF1レーサーが亡くなったんですよね。それで、関係者たちが追悼コメントを出してたんですけど、その中に、僕の人生を光り輝くものにしてくれてありがとうっていうコメントがあったんですよ。」
「うんうん。」
「それで僕、考えちゃったんです。僕の人生を光り輝くものにしてくれたのって、誰かなあって。そしたらもう、先生しかいなくて。」
「あら。」
「いきなり高校のときの話で恐縮なんですけど、1年生入りたてのころに、先生の授業で作文を書くってのがありましたよね。」
「確か、ソニーAIBOの企画書を書こうってテーマだったと思う。あれは毎年やってたから。」
「そうですそうです。今、はっきり思い出した。僕はダジャレが好きなんで、"AIBO"と、"相棒"を掛けた文章を書いたんです。そしたら、次の授業で、先生にすごく褒めてもらって。」
「その文章はね、よく覚えてる。あなたの相棒、愛犬ロボのAIBOって、キャッチコピーとしてもすばらしいなって。」
「ありがとうございます。これが僕の高校生活の数少ないポジティブな思い出です。この思い出を胸に生きてました。」
「あなたの高校生活は相当な暗黒時代だったってことね。」

⭐️文章の書き方

「先生は、とにかくワンセンテンスを短くしなさいって言ってたのがすごく印象に残ってます。」
「その方が絶対に分かりやすいから。長い文章はダメなのよ。」
「先生にそう言われてから、明らかに僕のスタイルが変わりましたね。どんな文章でも、一回書いて、そこからいかに一文を短くできるか。そう意識するようになりました。」
「回を重ねるごとに、あなたの文章のワンセンテンスは短くなっていった。」
「最初はすごく違和感がありました。だけど、一度書いたものを見直すっていう楽しみをだんだんと知りましたね。村上春樹も、執筆で一番おもしろいのは推敲することだって言ってて、なんとなくその気持ちがわかるようになりました。」
「もともと、文章を書くのは得意だったの?」
「大の苦手です。小学校のころの読書感想文は、毎年夏休みの最後の日に泣きながらやってました。」
「ははは。読書感想文でみんな文章を書くのが嫌いになるからね。」
「でも先生と一緒に文章を書いてると、そういうハードルみたいなものがみるみるうちに下がっていくのを実感できましたね。」

⭐️女の子座りはブルーベリーの味!?

「そうやって先生と関わっていく中で、仲が深まっていったような感触がありました。先生とここまで親密になったのは、僕の人生ではじめてだったかも。」
「1年生のころは副担任だったけど、2年生の時は私がクラスを持ったから、関係性は薄まるかなと思ったら…。」
「僕、よく覚えてるのが、教卓の上で女の子座りをさせられたんですよ。先生に。」
「えーっ!そんなことあったっけ。」
「ありましたよ。なんの話の流れでそうなったのかは忘れちゃいましたけど、突然先生が僕を教卓の上に座らせて。」
「覚えてないなあ。」
「やらせた本人は覚えてないっていう(笑)で、男って女の子座りができないよねっていうオチだったんですよ。」
「関節がね。」
「で、教卓から降りる時に、先生にクリーム玄米ブランをもらったっていう。」
「あのブルーベリーのやつ?」
「そうですそうです。だから、クリーム玄米ブランブルーベリー味は僕の青春の味というか(笑)」
「そんなの、青春にしちゃダメよ。もっといい思い出はなかったの?」
「ないんですよ。高校の時って、友達は数人しかいなかったし、いい思い出があんまりなくて。エンジョイしたとはとても言えないですね。」
「そうなんだ。それなりに楽しんでるのかと思ってたけど。」

⭐️誰かが待ってる、どこかで待っている

「大学ではマスコミの勉強がんばってたって言ってたけど…。」
「そうですね。マスコミに行きたいと思ったのも、先生との出会いがきっかけで。先生、たまに自分の書いたエッセイみたいなのを読ませてくれましたよね。あれに僕、毎回感動してて。自分もいつか人を感動させる文を書いてみたい!と思って、じゃあマスコミだ!と。」
「私があなたの人生を狂わせたわけね(笑)」
「いえいえ。とんでもない。その後、いろいろあって、結局マスコミは諦めたんです。」
「そうなんだ。」
「それが大学2年の時。大学3年からは、国際協力をやってました。」
ジンバブエだ。」
「たしかに(笑)ジンバブエではないんですけど、そこですごくいい出会いがあって。」
「あら、よかったじゃない。」
「いつか先生が、あなたを認めてくれる人がどこかであなたを待ってるみたいなことを言ってくれたような気がするんです。」
「卒業の時の手紙に書いたやつね。」
「それをすごく実感できるような、濃密な2年間でしたね。」
「つくづく思うのが、人生って必要な時に必要な人に出くわすようにできてるのよね。そして、必要なタイミングで別れる。」
「本当にそうですね。」
「生きてさえいれば、これからもそんなことがいっぱいあるはずよ。」

⭐️いざという時手を差し伸べられるかどうかなんだ

「直接の授業がなくなっても、僕はよく先生といろいろ話してましたよね。」
「勉強のこととか、人間関係のこととかね。」
「僕はけっこう悩んでしまうので、先生みたいに聞いてくれる存在がいるっていうのは、すごく助かりましたね。」
「なんかあなたは、放っておけなかったのよね。」
「ありがとうございます(笑)でも、すごく幸せなことだったと思います。高校生って、不安定な時期だし。」
「未熟と成熟が同居してるからね。」
「そういう時期に、なにかと気にかけてくれる人がいるってのは、僕にとって極めて重要でしたね。」
「覚えてるのは、あなたが3年生の遠足をパスした時。」
「あー、あれは、仮病を使いました(笑)友達がいなくて、行きたくなかったんです(笑)」
「それは知らなかった(笑)お土産買っていったわよね?」
「そうでしたね。覚えてますよ。複雑だったけど、ウン、うれしかったなあ。」
「でも、私はあなたの担任じゃなくてよかったと思ってる。」
「あー、それは、僕も思います。僕はずっと、バイトばっかりしてましたからね(笑)人付き合いは悪いし。間違いなく、クラスの和を乱すタイプですよ。」
「特に、私はバイトは嫌いだから。」
「そう考えると、すごくいい距離感でしたよね。べったりくっつくんじゃなくて、いざって時に手を差し伸べてくれるような。」
「偶然に感謝しないとね。」
「もう、今日会えたのだって偶然ですから。お時間とっていただいてありがとうございます。大学まで押しかけてしまって、すみません。」
「いえいえとんでもない。ごめんね、職員の会議があって。そろそろ行かないと。くれぐれも身体には気をつけてね。」
「ええ、先生も。さようなら。」



この対談は2019年5月某日、國學院大学渋谷キャンパスでおこなわれました。ありがとうございました。